656 なぜ今のトヨタは強くならないのか? - スティーブ・ハンセンの指導哲学


2026年2月10日

先日、トヨタ vs キヤノンに関する投稿をしたためか、2人のフォロワーさんから以下のような同じ内容の質問を受けました。

「名将ハンセンさんがHCなのに、なぜ今のトヨタは強くならないのか?」

せっかくなのでDMで回答した内容をシェアしますので、もしご興味ありましたら、ご覧ください。ただこれはチームの内情も知らない素人の個人的な見解・考察ですので、1つの切り口や視点ぐらいの参考程度に見てください。

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結論から言うと、ハンセンさんのやり方が“悪い”のではなく、日本のクラブ環境(=トヨタ)側が、そのやり方を成立させる前提条件を満たしていない、これが一番近い答えなのではないでしょうか。

まず、これまで自分がハンセンさんのインタビューや記事等で見聞きしたものや、オールブラックスの試合を観ての印象で、ハンセンさんの指導スタイルについて書きます。ハンセンさんの方法論は派手さよりも「再現性」と「持続性」に重きを置いた、極めて現実的かつ冷静なものだと思います。

1. 「コーチが前に出すぎない」統治スタイル

ハンセンさんの最大の特徴は、自分が主役にならないことです。

・ヘッドコーチは「方向性と基準」を示すだけ
・日常の細部は選手・コーチ陣に委ねる
・メディア対応でも選手を守り、自分は盾に回る

選手が自分たちで考え、決断するチームを作ることを最優先しました。これがオールブラックスの文化(自律・責任)をさらに一段階引き上げた点です。

2. 「選手主体」を本気で成立させた仕組み

「選手主体」はよく聞く言葉ですが、ハンセンさんは制度化しました。

・シニア選手がチーム規律や価値観を管理
・戦術ミーティングでも選手の発言比率が高い
・若手でも意見を言える心理的安全性

特にリッチー・マコウ、ダン・カーターらリーダー層の育成と信頼は徹底的でした。「キャプテンに任せる」のではなく、「任せられるキャプテンを育てる」発想です。

3. “Keep getting better” ― 勝者の慢心を潰す哲学

連勝・連覇が続くほど難しくなるのがモチベーション管理ですが、ハンセンさんはここに最も神経を使いました。

・勝った試合ほどレビューが厳しい
・「勝った理由」より「まだ足りない点」を探す
・過去の栄光は一切評価対象にしない

有名な合言葉が“Better never stops(良くなることに終わりはない)”。

2015年W杯連覇は、この思想の結晶でした。

4. ハンセン流は「超・成熟組織」前提

このようにハンセンさんのマネジメントは、自律・自己管理・自己修正ができる集団がまず大前提です。ハンセンさんは、オールブラックス史上最高勝率を誇るグラハム・ヘンリーさんがHCの時に、ヘンリーさんから要請を受け代表アシスタントコーチに就任し、ヘンリーさんの後を受けてオールブラックスのHCに就任したわけですから、自ずとそういう環境にあったのでしょう。

つまりオールブラックスでは

・ほぼ全員がプロ意識MAX
・代表経験=意思決定経験
・「言われなくても分かる」文化

がすでに存在していましたが、一方、今のトヨタはというと

・外国人スターと日本人選手の“温度差”
・企業チーム的な上下関係・遠慮
・ミスに対して“自分で直す”より“様子を見る”

ここが致命的に噛み合っていないように感じます。ハンセンさんは「細かく指示して引っ張るHC」ではありません。つまり、引っ張ってくれないと動けないチームだと、そこに空白が生まれます。

5. 「選手主体」が日本では“放牧”に見える

ハンセンさんは意図的に前に出ません。でも日本のクラブでは、それが

・厳しさが足りない
・何を基準にしているか分かりづらい
・誰が責任者なのか曖昧

と受け取られやすいでしょう。

特に日本人選手は「ここは俺が言っていいのか?」「HCが言わないなら黙っておこう」となりがちです。結果、誰も舵を取らない静かな混乱が起きます。これはハンセンさんの失敗というより、文化翻訳が足りていない状態だと思います。

6. トヨタは「個」が強く、「集合知」が弱い

ハンセンさんの理想は

・個が強い
・その個が共通の判断基準で動く

でも今のトヨタは

・個は強い
・判断基準が揃っていない

だから

・ブレイクダウンの温度が揃わない
・アタックの“次の絵”が共有されていない
・誰かが勝手にヒーローになろうとする

といった個の暴発が起きやすい。

7. 日本で成功するHCは「翻訳者」タイプ

リーグワンで結果を出している外国人HCを見ると共通点があります。

・方針を言語化し続ける
・役割分担を明確にする
・「ここまでは自由、ここからは絶対」を線引きする

つまり、哲学者より、設計者・翻訳者タイプです。ハンセンさんは、哲学は世界最高峰ですが「日本語への翻訳」を自分でやるタイプではない。これがズレを生んでるのではないでしょうか。

8. じゃあ「日本には合わない」のか?

ここが一番大事です。合わないわけではない。ただし、条件付きだと思います。

必要なのは:

・チーム内に「日本人の強力なハブ」がいる(実質HC代理・文化通訳)
・規律・基準を日常で叩き込む副官役コーチ
・選手に“発言する訓練”をする時間

これが揃えば、ハンセン流は日本でも爆発力を持つと思います。逆に言えば、それを揃えずに呼ぶと「何をやりたいのか分からない名将」になるということだと思います。

9. まとめ

あえて、かなり辛口にまとめると

・ハンセンさんは「完成品をさらに磨く人」
・トヨタは「まだ組み立て途中の集団」
・日本のクラブには「翻訳と設計」が不可欠

つまり今の状況は「高性能F1エンジンを、未舗装路で回している感じ」です。才能のミスマッチではなく、使い方の問題だと思います。



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