645 遠回りした、その先に - 丸山 凛太郎


2025年1月9日

丸山は、名門・東福岡高校に進学し、1年生からSOを任された。2年時には花園優勝、3年時には全国ベスト4。U17日本代表、高校日本代表にも選ばれた。東海大学でも1年目からスタメン。U20日本代表、ジュニア・ジャパンと駆け上がった。

高校時代から「天才」と評され、大学時代はCTBを経験しながらも「ファンタジスタ」の名を欲しいままにしていた丸山が、リーグワン挑戦の舞台に選んだのは、トヨタだった。

トヨタでの最初のシーズンは、SOにティアーン・ファルコンがいたためか、丸山の出番は殆ど無かった。チームはシーズン中盤、10位まで順位を落とした。私は「今こそ丸山の出番だ」と思ったが、チームが10番に選んだのはFBウィリー・ルルーだった。司令塔としてのルルーは、辛抱強くFWDにボールを持たせ、身体を当て続けさせ、トヨタの強みを思い出させ、チームを6位までに押し上げた。その間、トヨタはシーズン途中の2月にボーデン・バレット(とアーロン・スミス)の来季加入を発表した。しかし順位が確定した最終節、丸山は10番として先発し、静岡相手にチームを勝利に導いた。私はその時思った。「これは来季、ボーディーと丸山のダブルスタンドオフ体制あるぞ」と。

ルルーは退団し、明けて2023-24シーズン。開幕戦のメンバー発表を心待ちにした。メンバーに丸山とボーディーの名前を見つけた瞬間、私は名古屋行きの新幹線チケットを手配した。

開幕戦の相手はリコーだった。試合が始まると丸山は、ボーディーのタクトでラン、パス、キックをリズムよく繰り出し、開始12分で早くもトヨタが 12 - 0 とリードする。ファンタジスタの片鱗を披露した丸山とボーディーのコンビネーションが、これ以上ないくらいハマっていた。「ようやく丸山の輝ける場所が見つかった」私は胸の高鳴りが抑えられなかった。と同時にトヨタが見せたアタッキングスタイルも、シーズンへの期待を高めるものだった。

しかし、次の瞬間、タックルに入った丸山が起き上がらない。そして足を引きずりながら退場した。私は茫然とした。聞けば膝の靱帯を負傷したという。

懸命のリハビリの後、第5節のリザーブに名を連ねたが、明らかに丸山のパフォーマンスは良くなかった。第6節、丸山はボーディーとの交代で出場した。それが丸山のトヨタでの最後の出場だった。

次のシーズン、丸山が新天地に選んだのは近鉄だった。私は「クウェイド・クーパーの後釜として近鉄が獲ってくれたんだ」と解釈した。案の定、なかなか試合に出られない時間が続いたが、シーズン後半からはCTBの控えとして出場し、クーパーからの薫陶を受けた。

シーズン終了後、近鉄はマニー・リボックの獲得を発表した。「ボーディー、クーパーの次はリボックか」ただ私は失望よりも期待の方が大きかった。それは前シーズンの丸山の動きが全盛期のものに近づいていたからだった。スペースがあればキック、ラン、パスで切り裂く。丸山にボールが渡れば何かやってくれる。明らかにそういう空気を纏っていた。

迎えた今シーズン。丸山は2試合とも15番で先発し80分出続けた。10番には勿論、リボックだ。2人のコンビネーションは想像を超えていた。2人とも背番号などお構いなしに、チームをガンガン前に推進した。丸山は時にはファーストレシーバーになったり、決定的なキックパスを通したり、自身でもトライを挙げた。チームは、昨シーズンDiv.2首位の豊田自動織機と3位のNECに圧勝した。近鉄首脳陣が、今シーズンはこの2人を軸にしようとしてるのが明白だ。チーム自体も状態は上がっている。何よりも丸山が楽しそうにプレーしてるのが一番嬉しい。

丸山はトヨタ時代は社員選手だったが、近鉄に移籍する中で、世界的大企業の社員選手という安泰を捨て、プロ選手とし、もう一度自分を試す道を選んだ。怪我や出場機会減や移籍など、丸山がリーグワンで歩んだ道のりは、決して平坦ではなかった。ただ丸山はまだ26歳。一般的にラグビー選手のピークは30代前半と言われている。40歳になってもキャリアピークを更新している鉄人(やんぶーさん)だっている。

丸山が遠回りした先に待ち受けているものは。。。まずは近鉄のDiv.1昇格か、あるいはその先の桜のジャージか。それを確かめるまで、丸山を追っかけ続けます。



LENNY'S RUGBY

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