569 ジョー・シュミットが築くワラビーズの未来
2024年12月2日
新生ワラビーズの今年の戦いが終わった。戦績は3勝7敗だった。戦績だけ見ると凡庸かもしれないが、対戦相手を見れば致し方ない部分も多々ある。The Rugby Championship(TRC) では、南アフリカに2敗、オールブラックスに2敗、アルゼンチンには1勝1敗だった。そして Autumn Nations Series ではスコッドランドとアイルランドに負けたものの、イングランドとウェールズに勝利した。ちなみにオールブラックスとの初戦と昨日のアイルランド戦は、いずれも3点差での敗戦だった。
肝心なのはその試合内容であり、もっと言うと、シュミットさんが目指しているラグビーの内容だ。
その前に、シュミットさんの名将ぶりを簡単に紹介する。ニュージーランド出身のシュミットさんは、母国やアイルランドのクラブチームでコーチングキャリアを重ね、レンスターを2度も欧州チャンピオンに導いた。2013年からは7年間、アイルランド代表のヘッドコーチを務めた。その間、シックスネーションズは3度優勝し、2019年には、アイルランドを初の世界ランキング1位に押し上げた。シュミットさんの戦術的才能と綿密な準備は、アイルランドのアプローチに革命をもたらし、彼らを世界のラグビー強豪国へと変貌させた。そして、その遺産は今日まで続いている。2022年にはオールブラックスのセレクターに就き、のちにアシスタントコーチとなって、低迷していたオールブラックスを立て直し、2023年ワールドカップの決勝進出に貢献した。
シュミットさんがオーストラリアラグビー協会に満場一致でワラビーズの監督に任命されたのは今年の1月、実際の着任は3月くらいだっただろうか。当時の様子をオーストラリア在住の友人に聞くと、シュミットさんは直ぐにオーストラリアのラグビーファンの反感を買い戻したらしい。ワラビーズを壊滅させた、喧嘩っ早いエディとは正反対で、シュミットさんが温厚で、時には自虐的で、メディアに対しても寛容なところがその理由らしい。勿論、ファンもシュミットさんの今までの功績は周知のところだったのだろう。
シュミットさんの最初の仕事は、強力なバックルームチームの構築だった。アイルランドで高く評価されているエオイン・トゥーランをスキルコーチ兼分析責任者として招聘し、元オールブラックスの「スクラムドクター」ことマイク・クロンと、愛想の良い「ロード」ローリー・フィッシャーをディフェンスコーチに招いた。いずれも世界で名だたるコーチ陣だ。
こうしてシュミットさんのチーム作りが始まった。シュミットさんが、自分自身とそのラグビー哲学を表現するのに使ってきた2つの言葉が「シンプルで現実的」だ。エディのような隻眼のロマンチストには好まれないかもしれないが、ファンにとって勝利するチームを追うことほど楽しいことはない。そして事あるごとに「私は、いつもつまらないものを応援している」とシュミットさんは語る。ここで言う「つまらないもの」とは「基本」だ。シュミットさんは、ハイライト動画には決して登場しないような、基本的で泥臭いプレーに美学を見出している。
シュミットさんの方法論は、実にシンプルだ。まずは FWD を中心にフィジカルを強化する。そしてディフェンスラインを整備する。その後、バックスのライン攻撃を整備し、徐々にバックスにサインプレーを取り入れさせる。最終的には FWD と BACKS が一体となった、正にアイルランドのような変幻自在なプレーへと進化させる。決してエディのように奇をてらったことをするわけではないが、着任後、一歩一歩着実にチームを成長させていることは見て取れる。
シュミットさんのもう1つの特徴が「選手を見る眼」だ。勿論、来年のブリティッシュ&ライオンズツアーと2027年のワールドカップに向けてワラビーズが活用できる、はるかに幅広い人材基盤を構築することも大きな目的なのだろうが、今年に入ってからシュミットさんは、なんと18人の選手をワラビーズデビューさせている。
例えば24歳のLOジェレミー・ウィリアムズ。同じく24歳のFLカルロ・ティッツァーノも今年初キャップを獲得した。そして2人ともすぐに国際レベルの FWD としての地位を確立した。特にティッツァーノは、TRC の南アフリカとの2連戦とアルゼンチン初戦の計3試合で、57回のタックルを試み、いずれも失敗しなかった。エディみたいに闇雲に若い選手を選んでいるわけではない。本当に実力のある若手をデビューさせ、ワラビーズチーム全体で競争を起こさせ、選手たちにより良いパフォーマンスを発揮させることに成功しているように見える。
それと並行し、シュミットさんは、エディの下で完全に自信を失っていた選手たちの才能を解き放ち始めた。インサイドセンターのレン・イキタウはエディには無視されたが、トゥイッケナムでイングランドを試合終了間際に破る決定的なトライをWTBマックス・ジョーゲンセンに大胆なフリックパスで決めたことで、今ではワラビーズのメンバー表の第一候補の1人となっている。FBトム・ライトは、エディの下ではワールドカップに出場できるほど実力があるとは考えられていなかったが、シュミットさんの下ではラグビー界屈指の攻撃的バックスの1人へと変貌を遂げた。そして今やワラビーズ不動のSOになっているノア・ロレシオもエディには認められなかった選手だ。エディが見限ったSOとFBが今や大活躍しているところが、現在の日本代表と重なり、皮肉だ。最近は、ワラビーズ全体がシュミットさんの事を今までの指導者とまったく違った目で見ている気がする。選手たちは、自分たちの役割を細かく指導してくれ、打ち砕かれた自信を回復させてくれた監督を、ようやく見つけることができて喜んでいるのではないだろうか。
とはいえ、勿論まだこれがワラビーズの完成形というわけではない。しかし、ワラビーズが成長するための正しいレールに乗っていることは、恐らく間違いないだろう。唯一の心配事は、シュミットさんの契約が、ご家族の健康上の理由で今年一杯までになっているところだ。ただオーストラリア協会も選手たちもファンも(自分も)2027年までの契約延長を望んでいることも間違いないだろう。
最後に先述のオーストラリア在住の友人の言葉を紹介する。
「ちょっと前まではさぁ、ワラビーズの選手たちがシドニーのカフェでトラックスーツを着てると、他のお客さんに邪魔されてたんだぜ。でも今ではみんな大歓迎だよ。それがすべてじゃね?」
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