237 世界No.1 - アントワーヌ・デュポン
2021年11月22日
1. プロフィール
アントワーヌ・デュポン
フランス・ラヌメザン出身の25歳
(11月15日が誕生日なので25歳になったばかり)
身長:175cm、体重:85kg
所属:2014-17年のTOP14のカストル所属を経て、2017年にスタッド・トゥールーザン(以下トゥールーズ)に加入
ポジション:スクラムハーフ(SH)
キャップ数:35
2. SHの概念をぶち壊した男
一般的なSHに求められる役割としてはこんなイメージだろうか。
①攻撃の起点となるパス
②ボックスキック
例えばジャパンの流やフミさんのイメージは①、②だと思う。
さらに以下の役割を加える。
③アタック
④デイフェンス
オールブラックスのアーロン・スミスの特徴は①、②、③
スプリングボクスのファフ・デクラークの特徴は①、②、④
といったところだろうか。
デュポンの場合は①~④の特徴を全て兼ね備えているのだ。しかもものスゴイ高いレベルで。
世界のラグビーのプレースピードが速くなっている現在、攻撃の起点となるパスをただマシーンのように配給してるだけではチームを勝利に導くゲームメイクをしたことにはならない。
守備においては、相手のSHをマークし、ターンオーバーをしたらすぐに攻撃に移れるようなポジション取りを心がけるが、それだけでははっきり言って味方の守備の助けになることは少ない。時には自らボールを持って密集に突進したり、自分よりも体格がある選手に対してタックルを敢行することが必要となる。与えられた役割を遂行するだけでは自分の殻を破ることはできない。
デュポンはこれまでのSHに与えられていた固定的な役割や概念を、自らの意思でぶち破ったようなプレーをしてくれるのだ。
次からデュポンの特徴をもう少し細かく見ていきたい。
3. プレースタイル
①攻撃の起点となるパス
テンポを生み出し攻撃を作っているが、特筆すべきことは、デュポンのパスするボールの回転だ。よく観るとボールの回転軸が横向きな綺麗で鋭いパスを投げているのが分かる。
②ボックスキック
安定したボックスキックで、エリアを獲得したりチームのピンチを救う。デュポンのスゴイところは自分で大外の選手にキックパスをするところ。ジャパンはSO松田力也や田村優がキックパスをするが、SHがキックパスをするところはほとんど観たことがない。大外が空いてれば別にSOにパスしないでSHがキックパスした方が早いに決まっている。
③アタック
ここからがデュポンの真骨頂。まずはアタック。
少しでもチャンスがあったら自分で突破する。強烈なハンドオフを使ってビッグゲインすることもしばしば。特にボディコントロールやフィジカルがSHのそれとは思えないほど強いのでターンオーバーされることが少ない。
アタックのもう1つの特徴がピックアンドゴー(ラックからボールを拾ってそのまま前へ走ること)だ。これはフォワードの選手がよくやるプレーだが、デュポンは当たり前のようにこのプレーを多用する。もちろんこれでタックルされてラックに巻き込まれれば球出しする選手がいなくなるが、デュポンはそんなことは全く気にしない。球出しはそこにいる別の選手がやればいいだけだから。
もう1つ特筆すべきはランコースだ。ディフェンスラインから抜け出した味方選手のフォローをする場合、SHは抜け出した選手が捕まってラックが形成された場合のことを考えて後方に位置するのが普通だと思うが、デュポンはチャンスを確実にモノにするために躊躇なく味方選手とフラットな位置で並走する。理由は単純。その方がパスを受けた時に得点に結びつきやすいからだ。もちろんそれにはバックスのスピードにも容易についていけるスピードを持っていなければならない。スピードがあるためにそんなに特徴的なステップを踏むことはないが、それよりもより直線的にゴールを目指し、タックルを受けても相手を引きずってでも前進する。
もちろんただただ走るだけではない。相手のマークを引き付けるだけ引き付けてオフロードを繰り出したり、ボール周辺に敵が集中してる時には、大きく外に飛ばしパスをする判断力も持ち合わせている。
昔のフランスラグビーは『シャンパンラグビー(シャンパンの泡のように次々とフォローが湧き出しパスがつながるところから)』と呼ばれていたが、デュポンはそんな伝統とは違う思考で、出来るだけ少ない手数で得点しようとしている。
④ディフェンス
まずはこちらの写真をどうぞ
身長は175cmだから他のSHと変わらないが、全身に筋肉を纏っていて、触るとゴムみたいな柔らかい筋肉らしい。SHとしては攻撃回数が多い分、明らかにタックルを受ける回数が多いが、そのタックルを弾き飛ばす筋肉を持っている。SHとして必要な動きをするのに邪魔になってるようにも思える(これが固定概念!)が、デュポンは全く気にしていない。この攻撃的な思考はデイフェンスの局面で実践されている。
多くのSHがボール周辺で主に後方のスペースを埋めるためのポジション取りを意識しているが、デュポンは自らがファーストタックラーになることをいとわない。タックルについては基本に忠実で、その小さい体を活かして相手の懐に深く入り、バインドした両腕でしっかりと相手の太ももに巻き突くようにタックルをする。ただし、他のSHと異なるのはそのパワーで、PRの選手であっても足元を浮かせることができることである。先日のオールブラックス戦で突進してきたアーディ・サヴェアにタックルをかまし、サヴェアを一回転させて地面に叩きつけたのは記憶に新しい。ディフェンスに難があるSH(特にジャパン!!)が多い中では全く異質の存在である。
このようにあまりにも攻撃的な思考を持っているために、ボールを保持している時間がSHにしては長い。球離れが悪く、味方選手が反応できないことがある。またランニング時にはスピードを出すために左腕の中にボールを保持することが多く、明らかにパスを出す体勢にはないため動きを読みやすくしている場面もある、という指摘もされている。
しかし、これらの弱点を打ち消すほどの前への推進力がSHの中では突出しているので、個人的には今現在、世界ナンバーワンのSHだと思っている。往年のフランスラグビーファンの中には、もう少しパス能力を向上させる必要があるとの声もあるようだが、デュポンにはこのまま突き進んで欲しい。
個人的な話で恐縮だが、自分は「他の人と違う事をする」「他の人がやらなかった事をする」をポリシーとしているので、デュポンが固定概念や伝統に囚われず、己の力と可能性を信じて自由にプレーしているのを観るとめちゃめちゃ応援したくなるのだ。
オールブラックスを圧倒したLOキャメロン・ウォキを中心とした強力なフォワード陣、デュポンと双璧をなすSOロマン・ヌタマック、安定感抜群のCTBガエル・フィクー、エネルギッシュで豪快なWTBプノー、正確無比なキックで絶賛売り出し中のFBメルヴィン・ジャミネを擁し、若返りに成功しつつあるフランスが天下を取る日はそう遠くない気がする。その時にはデュポンみたいなSHが世界の潮流になっているかもしれない。
ジャパンのSHでは齋藤直人には期待している。少なくともアタックやディフェンスを積極的にやろうとしてる意思は感じられるので。あとは天理からクボタに入った藤原忍にも期待してる。あのどんどんアタックを仕掛けるところと不敵な面構えが好きだ。
4. 最近の活躍
デュポンが所属するトゥールーズは今季、TOP14の決勝でラ・ロシェルを破って優勝し、ヨーロッパチャンピオンズカップと合わせて2冠を達成した。
※トゥールーズの強さの裏側に迫った記事は
こちら。
デュポン個人としては、TOP14最優秀選手とフランス代表最優秀選手のどちらにも選ばれた。ちなみにTOP14最優秀選手にフランス人が選ばれるのは2011年度以来のことだ。
元フランス代表SHで、RWC2019では代表チームアシスタントコーチとしてデュポンを指導した、ジャン=バティスト・エリサルドさんも「2019年と比べるとキックが良くなった。かなり練習したに違いない。ボールキャリアーへのサポートはラグビースクールの教材にするべき」と2年間での成長を認めている。
グラウンド外でも、「対戦するチームや選手について、よく調べている」とエリサルドさん。昔の試合を見るのも好きで、歴代の名勝負についてもよく知っているらしい。多分、ラグビーが大好きなのだろう。それは試合を見ていても感じられる。ボールを持ってゴールへ走る時、デュポンは笑っている。このご時勢でラグビーできることが嬉しいのだろう。
これで来週開催されるワールドラグビーの年間表彰式でデュポンが最優秀選手に選ばれれば、名実ともに世界ナンバーワンSHになることだろう。(選ばれると信じてます)
5. おすすめ動画
言葉だけではデュポンの凄さは伝わらないかもしれないので、最後にこちらの動画をご覧ください。
Antoine Dupont Tribute | World Rugby Player of the Year Edition(11分強)
デュポンのアタックとディフェンスにフォーカスした動画です。この動画を作った人のこだわりが凄くて、ずっと動画の中のデュポンに文字通りスポットライトが当たっています(笑)。しかもこの動画はシャレてて「デュポンも人間なんでミスもするよ」ってことで、動画の最後にはデュポンがミスするシーンも入ってます。
How France Beat the All Blacks 2021 | Passion, Antoine Dupont, Romain Ntamack and Gael Fickou(10分弱)
こちらは先日のニュージーランド戦のハイライト。これも上の動画を作った人と同じ人の動画なので、ずっとフランス代表にスポットライトが当たっています。
是非「アントワーヌ・デュポン」注目しててくださいね。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
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