歴史的死闘 - レッドローズ vs ブラックファーンズ
2026年9月27日
WXV Global Series
レッドローズ 26 - 19 ブラックファーンズ
女子ラグビーの歴史を振り返ったとき、後になって「あの試合が時代の境目だった」と語られる一戦がある。2026年9月26日、ロンドンのアリアンツ・スタジアム。59,871人を集めたWXV Global Series、レッドローズ対ブラックファーンズは、まさにそんな試合だった。
スコアはレッドローズ 26 - 19 ブラックファーンズ。しかし、この数字だけでは、この80分間が持っていた意味は伝わらない。これは単なる世界ランキング1位と2位の対決ではなかった。世界王者レッドローズと、再び頂点を目指すブラックファーンズが、互いの限界を押し広げながら、最後の一瞬まで勝利を争った一戦だった。そして何より、この試合には「女子だから」という説明が必要なかった。ただただ、凄いラグビーだった。
試合前、レッドローズにはわずかな陰りがあった。2023年から続いていた39連勝は、前週のカナダ戦での引き分けに終わった。無敗記録こそ続いたものの、世界王者が勝ち切れなかったという事実は、それまでの圧倒的な支配に初めて小さな亀裂を刻んだ。その直後に待っていたのがブラックファーンズだった。
一方、ブラックファーンズもホイットニー・ハンセン(スティーブ・ハンセンの娘さん)新体制のもとで確実に変化している。直前のスコットランド戦で 66 - 14 と圧勝するなど、攻撃の勢いを増していた。そして、その違いはこの試合でも鮮明だった。
ブラックファーンズはボールを動かし、スペースを探し、積極的に前へ出た。特にラック周辺の突進は効果的だった。対するレッドローズは、必ずしも自分たちの望む形で試合を進められなかった。
ジョン・ミッチェルHCが試合後、「守備に頼らざるを得なかった」と語ったことは象徴的だ。本来レッドローズが目指していたのは、テリトリーを支配し、相手を後退させるゲームだった。しかしブラックファーンズにボールを持たれ、攻撃の時間を奪われた。試合後のスタッツは、テリトリー:36% - 64%、ポゼッション:32% - 68%とブラックファーンズが支配した。
それでもレッドローズは崩れなかった。
前半を 7 - 12 とリードされても、守備で耐え続ける。そして後半、一度は 19 - 12 と逆転する。だがブラックファーンズも退かず、19 - 19 まで追いつく。
この試合の価値は、まさにそこにある。レッドローズが圧倒したわけではない。ブラックファーンズが一方的に押し込んだわけでもない。両者が互いの長所をぶつけ合いながら、最後まで勝敗の行方を手放さなかったのである。
しかも、数字を見ればブラックファーンズの攻撃力は際立っている。
193キャリー、541メートル、27回のディフェンダービート。
レッドローズは96キャリー、447メートル、14回のディフェンダービート。
ボールを持って前進する力では、ブラックファーンズが明らかに存在感を示した。
それでも最後に勝ったのはレッドローズだった。その理由を、ミッチェルの言葉から読み解くことができる。
守備だった。
攻撃が思うように機能しないとき、守備で耐える。流れを失ったとき、ゲームプランそのものを見失わない。そして、失敗しても次のプレーへ戻る。レッドローズは283回タックルをせざるを得なかったが、タックルミスはわずか27だった(成功率91%)。
そして、そのすべてが最後の数十秒に凝縮された。
19 - 19 で迎えた最終盤、SOゾーイ・ハリソンはペナルティゴールを外す。勝利を決めるはずのキックが外れた。しかし、その直後だった。ブラックファーンズの攻撃に対して守備に戻ったハリソンがパスを読み、インターセプト。そのままトライ。26 - 19。直前に失敗した選手が、自らの手で試合を取り戻した。
この場面は、ラグビーという競技の本質を見事に映し出している。失敗は終わりではない。次のプレーがある。そして、その次のプレーで試合の運命が変わる。
ただし、この劇的なインターセプトだけを取り上げて「ハリソンの奇跡」としてしまうと、この試合の本質を見誤る。あの一瞬を生み出したのは、そこまでの80分だった。ブラックファーンズに攻め込まれながらも耐え続けた守備。規律を失わなかったこと。苦しい時間帯にもプロセスを崩さなかったこと。そして最後まで集中を切らさなかったこと。
レッドローズは、華麗に勝ったのではない。苦しみながら勝った。
それこそが、現在の世界王者の強さなのだろう。
一方、ブラックファーンズの敗戦にも大きな意味がある。ブラックファーンズは最後まで守りに入らなかった。19 - 19 のラストワンプレー、外に蹴りだせば世界王者と引き分けることは出来た。しかし引き分けを受け入れるのではなく、勝利を求めて攻撃した。その結果、最後のパスをハリソンに読まれた。もしあのパスがWTBブラクストン・ソレンセン=マギーに通っていれば、試合の結末は逆になっていたかもしれない。
しかし、ラグビーに「もし」はない。残るのは 26 - 19 という現実だけだ。それでも、勝つためにリスクを取ったブラックファーンズの姿勢は、このチームが再び世界の頂点を目指すうえで重要な意味を持つ。ホイットニー・ハンセンHCが示したのも、まさにその姿勢だった。引き分けるためではなく、勝つためにプレーした。その勇気が、最後には敗戦という形で返ってきた。だが、敗戦の中にこそ、次の時代の芽はある。
レッドローズもまた、完成されたチームではない。前週はカナダと引き分け、今週はブラックファーンズに最後まで追い詰められた。ミッチェル自身も、もっと早く試合を終わらせることができた、22メートルライン内への侵入を増やす必要があったと認めている。
だからこそ面白い。世界王者が完璧ではない。挑戦者も、決して遠くない。その距離は、最後の一瞬にしか存在しない。
現在の女子ラグビーは、すでにその領域へ到達している。フィジカル、運動量、組織力だけでは勝てない。テリトリーをどう管理するか。ブレイクダウンでどう圧力をかけるか。数的不利をどう耐えるか。失敗した直後にどう立ち直るか。そして、最後の一秒にどんな判断をするか。そこまで含めて、ラグビーなのだ。
レッドローズは守備で生き残った。
ブラックファーンズは勇気を失わなかった。
ハリソンは失敗から立ち上がった。
そして最後に、一つの判断が試合を決めた。
この 26 - 19 は、単なる世界王者の一勝ではない。
女子ラグビーが「凄いスポーツ」から「見逃せないスポーツ」へと、さらに一歩進んだことを示す80分だった。
今朝、この試合を脳裏に刻み込むために、師匠ともう1度観た。
・2019W杯準決勝、オールブラックスのハカを迎え撃つイングランドを彷彿とさせる、レッドローズのV字隊列
・HOジョージア・ポンソンビーのド迫力のキャプテンシー
・No.8カイポ・オルセン=ベイカーの圧倒的キャリー
・SHマイア・ジョセフ(ジェイミージョセフの娘)の球捌きとテンポとキック
・WTBアエシャ・レティイイガの弾丸のような躍動
・CTBエイミー・デュプレシーのキックとチェイスとトライ
・ハンナ・ボッターマンとモード・ミューアの両PRのスクラム
・ボッターマンの値千金のジャッカル
・モルウェンナ・タリングとリリー・アイヴス・キャンピオンの両LOの驚異的なタックル成功数(2人合わせて驚愕の70回)
・No.8マディ・フェオナティのキャリーとワークレート
・SOゾーイ・ハリソンの読み
・キャプテンのCTBメグ・ジョーンズの大声
・守備が苦手なWTBジェス・ブリーチの渾身のトライセーブタックル
・FBエリー・キルダンのスピード
・ルビー・トゥイのしゃがれ声の的確な解説
・試合後の両チームの清々しい笑顔とハグ
まだまだとてもじゃないが書ききれない...
この試合の記憶が上書きされないよう、当分ラグビーは観たくない。この試合は記録だけではなく、記憶に残る。いつか女子ラグビーがさらに高みへ進んだとき、この夜を振り返る人がきっといるだろう。
「あの夜、レッドローズとブラックファーンズは、最後の一秒まで互いに譲らなかった」
そして、その一秒が、女子ラグビーの現在地を鮮やかに照らし出していた。
