サクラフィフティーンとヘッドキャップ


2026年9月26日

今日の夜、レッドローズとブラックファーンズの世紀の一戦が行われます。その試合を一緒に観るために、昨日から師匠(かつて私にレッドローズを教えてくれたギャル)が遊びに来ています。

師「サクラ(フィフティーン)って、なんで皆ヘッキャ被ってんの?」
私「そりゃ安全だからでしょ」
師「ローズはカベヤくらいしか被ってないよ」
私「そうだね」
師「こないだサクラの試合観たら、彼女たちも可愛く編み込みしてんだよね」
私「うん」
師「なんか勿体なくない?これ X のネタにしてみれば?」



サクラ15のヘッドキャップ着用率は、諸外国に比べ極端に高いです(数人はヘッドキャップをしていませんが)。諸外国ではヘッドキャップを被ってる選手の方が稀です。だから逆に、レッドローズならFLサディア・カベヤ、フランスならFLシャルロット・エスクデロ、アイルランドならFLアオイフェ・ウェイファーなど、ヘッドキャップを被ってる選手として覚えてしまいます。

もちろんヘッドキャップには頭部への衝撃を軽減するという明確な意味があります。

ただ、視覚的な印象は無視できないと思います。海外の選手は髪を編み込んだり、ポニーテールにしたり、リボンなどを使ったりして、それぞれの個性をピッチ上で表現しています。サクラ15の選手も美しく編み込みをしていますが、ヘッドキャップによって、その魅力の多くが隠れてしまっています。

これは単なる「可愛い、可愛くない」の問題ではありません。顔、髪型、表情は、選手個人のキャラクターを観客に伝える重要な視覚情報だからです。

男子ラグビーでも、ひげ、タトゥー、ヘッドキャップの有無などが選手の「顔」になっています。女子の場合はそこに髪型やヘアアクセサリーも加わる。つまり、そうしたものは単なる装飾ではなく、選手個人のキャラクターを観客に伝える視覚的な情報だと思います。

全員が同じようなヘッドキャップを着用すると、「守られている」「防御している」という印象が先に立ち、激しいプレーをしていても、選手が本来持っている身体的な強さや躍動感が、視覚的には伝わりにくくなることがあります。一方、ヘッドキャップをしていない選手は、髪が風になびき、顔面が露出し、頭から肩にかけての身体の動きがそのまま見えます。結果として、同じ激しいタックルでも、「野性味」「躍動感」「身体性」を感じやすいです。もちろん、それらは実際の強さとはまったく別の話です。

女子ラグビーの魅力は、強さだけではありません。強さも、格好良さも、可愛さも、個性も、すべて含めて一人のアスリートとして見せればいいと思います。

カナダ女子代表のSHオリビア・アップスは、汎発性脱毛症という自己免疫疾患が原因で頭髪がありません。アップスは7歳の頃から突然髪が抜け始め、数週間のうちに頭髪だけでなく全身の毛が失われるこの症状を経験しました。子供時代には周囲の目が気になりウィッグを試した時期もありましたが、自分には合わないと感じ、ありのままの姿で生きることを選んだと語っています。現在は、メディアや試合を通じて、ヘッドキャップも被らず、自身の姿をそのまま見せることで、世間の脱毛症に対する認知度を高め、同じ病気や外見に悩む若い女性たちに勇気を与えたいという強い意志を持ってプレーしています。

安全性を犠牲にする必要はありません。しかし、もしその理由が「昔から被ってるから」「周りがみんな被ってるから」というだけだとしたら、それで個性まで覆い隠してしまうのは勿体ないと個人的に思います。