リーグワン新カテゴリ規程の見直し決定


2026年8月28日

リーグワンが2026-27シーズンから導入する新たな選手登録区分をめぐり、東京地裁に制度施行差し止めの仮処分を申し立てていた一部選手らとの間で和解が成立した。これを受け、リーグワンはA-1の要件を一部見直し、一定の日本国籍取得選手らを対象とする特例措置を設けることを発表した。

表面的には「話し合いによる円満解決」に見える。しかし、今回の一件をここで「一件落着」としてしまうのは早計だろう。むしろ問われるべきなのは、なぜこの問題が選手による法的手続きにまで発展し、クラブ、選手、そしてファンにまで大きな混乱をもたらすことになったのかという、リーグワン協会そのものの制度設計とガバナンスである。

今回の制度変更の背景には、日本で育った選手の出場機会を増やし、日本ラグビーの育成基盤を強化するという明確な理念がある。2026-27シーズンから従来のカテゴリAをA-1とA-2に分け、一定の条件を満たすA-1選手を各チームの試合登録・出場において一定数確保する仕組みを導入する。日本で義務教育を受けた期間や、日本生まれの親・祖父母の存在、日本代表でのキャップ数などを基準にA-1を定め、それ以外の選手はA-2として扱うという制度だ。

「日本で育った選手を守る」という理念そのものを否定する必要はない。問題は、その線引きによって、これまでカテゴリAとしてプレーしてきた外国出身選手の一部が、突然A-2としてチーム編成上の制約を受けることになったことだ。

特に深刻だったのは、日本代表としてプレーし、日本国籍まで取得し、日本のクラブで長年にわたってキャリアを築いてきた選手であっても、30キャップなどの条件を満たさなければA-2となる可能性があったことである。選手にとってカテゴリーは単なる制度上の記号ではない。出場機会、チーム内での評価、契約、移籍、そして場合によっては現役を続けるかどうかという人生の選択にまで直結する。

この制度に異議を唱えた一部選手らは、公正取引委員会への申告と東京地裁への仮処分申し立てに踏み切った。リーグワン側は当初、制度の基本的な考え方を維持する姿勢を示し、4月の段階では「現時点で制度そのものを見直す予定はない」と説明していた。しかし、その後、選手側との和解協議が進み、7月にはA-2となる予定だった一部選手をA-1とする見直し案を検討。そして8月27日に和解が成立し、翌28日にはA-1の対象を拡大する特例措置が正式に発表された。

今回の特例では、旧トップリーグ時代から一定の条件で登録されていた選手や、2025年5月31日までに日本国籍を取得していた選手、あるいは同日までに取得申請を行い、その後日本国籍を取得した選手などがA-1の対象となる。つまり、制度導入によって突然不利益を受けることになる選手について、過去の登録実績や日本ラグビーとの関係性を考慮し、経過措置を設けた格好である。

これは当然、評価すべき修正だろう。法的手続きで徹底抗戦するのではなく、制度の理念を維持しながら現実との矛盾を修正し、対象選手全体を救済する方向に舵を切ったこと自体は建設的である。

しかし、辛口に言えば、「だったら、なぜ最初からそうしなかったのか」という疑問が残る。

最大の問題は、制度そのものを作ったことではない。制度を作る段階で、誰が不利益を受けるのかを十分に検証できていなかったこと。そして問題が表面化した後も、すぐに柔軟な修正へ動かなかったことだ。

制度変更によって、従来は普通にプレーできていた選手が突然カテゴリーを変えられる。その可能性は、制度設計の段階で容易に想定できたはずである。特に旧トップリーグ時代からの登録制度との連続性、日本国籍取得選手の扱い、長年日本代表や国内クラブに貢献してきた選手への影響は、制度移行時に真っ先に検証すべき事項だった。

それを十分に詰めないまま制度をスタートさせ、問題を指摘されても当初は「制度そのものを見直す予定はない」とした。そして法的手続きにまで発展した後に、最終的には制度を修正した。この経緯だけを見れば、「自ら問題を発見して修正した」というより、「問題が法廷に持ち込まれるところまで行って、ようやく現実的な着地点を探した」と受け取られても仕方がない。

さらに重いのは、制度によって影響を受ける選手のキャリアは、制度変更を後から修正しただけでは完全には取り戻せないということだ。今回の問題では、2019年W杯日本代表の中島イシレリが新制度の影響を受ける中で引退を決断したと報じられている。最終的に特例によってA-1の対象となったとしても、一度下したキャリア上の決断や、失われた時間を元に戻すことはできない。他にも、ラファエレ達のように声を上げることすら出来ず契約を切られた選手もいるかもしれない。いまだに所属先が決まってない選手もいるかもしれない。泣く泣く好きなラグビーを諦めた選手もいるかもしれない。

だから今回の「和解」は、選手側にとって必ずしも完全な勝利でも、リーグワン側にとって完全な敗北でもない。しかし、少なくとも「双方が納得してきれいに終わった」という話ではないだろう。制度への禍根は選手の側にも残り得るし、クラブにとっても編成方針や契約をめぐって無用の混乱を強いられた。そしてファンにも、「リーグワンが決めた制度なのに、なぜ開幕直前になって大きく変わるのか」という不信感を残した。

ここで問われるのが、リーグワン協会の責任である。

私は、今回の件だけをもって「担当役員は即刻辞任すべきだ」とまでは断定しない。現時点で公表されている情報だけでは、誰が制度設計を主導し、理事会でどのような議論が行われ、法務上のリスクをどこまで検証し、4月の時点で制度変更を見送る判断を誰が下したのか、その詳細が明らかになっていないからだ。

しかし、「誰も責任を取る必要はない」という話にはならない。これは明らかにガバナンス上の問題である。

本来なら、制度設計、影響を受ける選手への事前説明、クラブとの調整、法的リスクの検証、制度移行に伴う経過措置までを一体として検討すべきだった。それができていなかったからこそ、選手との対立が法的手続きに発展し、リーグ全体を巻き込む問題になった。

しかもリーグワンは「FOR ALL」を掲げるリーグである。その理念を掲げる組織が、自ら作ったルールによって選手と対立し、その結果としてクラブとファンまで不安にさせたことの意味は小さくない。

私は、今回必要なのは「誰か一人を辞めさせて終わり」にすることではなく、第三者を交えた意思決定プロセスの検証だと思う。制度設計の経緯、選手への説明、リスク評価、問題発生後の対応、そして方針転換に至った理由を明らかにし、その結果として特定の役員や理事会の責任が認められるのであれば、辞任を含めた責任の取り方を求めればいい。

何より重要なのは、「和解しました。特例を設けました。これで解決です」としないことだ。

リーグワンが今回失ったのは、単なる制度運用上の時間ではない。選手からすれば、自分たちのキャリアを左右するルールを突然変更されたという不信感が残る。クラブからすれば、チーム編成の前提が揺らいだ。ファンからすれば、「リーグが決めたルールなのに、後から変更されるのではないか」という不安が生まれる。

信頼というものは、一度壊れてしまえば、リリース一枚で元に戻るものではない。

今回の和解は問題の「終結」ではあっても、リーグワン協会にとっての「責任の完了」ではないはずだ。

むしろここから問われるのは、今回の失敗から何を学び、同じことを二度と起こさないために何を変えるのかである。

理念は正しくても、制度が人を置き去りにすれば、その理念は看板に過ぎない。

「FOR ALL」を本気で掲げるのであれば、問題が法廷に持ち込まれてから「ALL」に加えるのでは遅い。制度を作る段階から、選手、クラブ、そしてファンまで含めて「ALL」の声を聞く。それこそが、リーグワンに求められる本当のガバナンスではないだろうか。



昨日は日本ラグビー協会、今日はリーグワン協会。なんで大好きなラグビーの話題で2日連続でイヤな気持ちにさせるんだよ、クソが!!